まとめ
まとめ
これまでの日本のモノづくりは、一言でいえば「安い・早い・うまい」をひたすら追求してきたものであった。
「コストダウン」を追求すること、「便利な商品」や「手離れが良い商品」を作ること、「美味しい」「性能に優れた」商品を追求することは絶対的な「善」であり、このようなモノづくりの価値観に疑問を呈することなどなかった。
だが今や日本は既に世界一の債権国であり、1人当たりGDPでは世界トップレベルにある。
一方、世界全体を見渡すと、新興国の成長によって労働に対する経済価値はどんどん下がっている。
社会が変化するのは当然で、日本が同じ生活レベルを維持しようとすれば「その先」へと変わらなければならない。
ところが、日本はいまだ新興国だったころの価値観をひきずったままである。
最近になって、20世紀型のモノづくりの価値観は万能ではない、ということに多くの人が気付き始めた。例えば安さを追求したことで、人件費の安い海外からの輸入が拡大した。
だがその結果、安全性が担保できなくなり、国内で雇用が失われることが問題視されるようになった。
欧州では移民と地元住民による仕事の奪い合いが社会問題になっているが、仕事が失われているという点では、日本も欧州と同じことが起こっている。
それは、日本国内に残るはすだった経済価値が海外に流出しているということでもある。
20世紀型の価値観が決して間違っていたわけではない。
コストダウンはもちろん大切だし、効率も性能も重要ではある。
大切なのは、それだけで全てを解決できるわけではないということである。
新興国と正面からコスト競争をしても「利益なき繁忙」があるだけである。 今はその先に勝算が見えているからではなく、単に従来のやり方を変えられないから競争を続けているだけではないだろうか。
しかも、これから成長するのは、先進国から見れば「超低価格」の市場だけである。
ビジネスの方向性を根本から見直すべき時期なのである。
100円ショップの商品に囲まれた生活というのは、果たして幸せなのだろうか。
それは、物質的には豊かかもしれないが、たぶん生活が相当安っぽくなるだろう。
これからは世界全体で高齢化が進む。 年齢を重ねた分、いろんなものを見て目が把えた人が増える。効率だけを追求Lた生活は見直され、精神的な満足、「質」へのこだわりが強くなっていくだろう。
これから先進国のモノづくりは、プラスアルファのお金を払ってでも欲しいモノ、単純な安さや便利さでは流されない魅力を待ったモノヘと向かうことになるだろう。
別な表現をすれば、「コストダウン」から「価値創造への転換」である。
数量で稼げなくなる分、一つひとつの価値を高める必要がある。
価値を創るためにはモノの部分だけではなく、何が違うのかを顧客にきちんと伝える必要がある。
価値の創造には「マーケテイング・コミュニケーション」が不可欠である。
「本物」には、時代の変化を超える価値がある。
主に新興国で生産される「合理的だけど安いもの」が増えるに従って、先進国では「長期使用に堪え得る質の高いもの」が改めて見直されるだろう。 古くなっても「ビンテージ」として味が出るか、単に古ぼけたものになるかは、その一つの目安になる。
「奥行きがあって飽きない」ことも「本物」を判断する目安であろう。
新興国が低価格品の大量生産で来るなら、先進国のモノづくりでは「価値のある本物」にこだわる、そうした”すみ分け”が進んでいくだろう。
先進国では人口が軒並み減少し、限られた市場をめぐって争わなければならなくなる。
環境や資源の問題もあるため、いずれにしても数的拡大は難しくなる。
これからは「数」の代わりに「時間の長さ」で稼ぐ、という考え方が注目を集めるようになる。
ここで言う「時間」とは顧客との関係性の長さである。
24時間の中でどれだけ顧客との時間を獲得できるか、一定期間の中でどれだけ顧客と長くコンタクトがとれるか、がカギを握る。
メンテナンスやアフターパーツで稼ぐ、というのが代表的な例である。これらを充実させれば商品に奥行きが出るだけでなく、多様なニーズにきめ細かく応えることにもつながる。
商品に奥行きを作るという点では、「ブロードバンド」も同じである。コンテンツやサービスを充実させることでモノの量的拡大に頼らないビジネスモデルを創ることができる。
「サービス」は物販のように一度きりの関係ではないため、その企業に対する信頼や好感度が今まで以上に重要となるはずだ。
商品の中で「時間」という意識が強くなると、「持続力のあるモノづくり」も注目されるようになる。
レアメタルなど希少資源を扱うビジネスでは、使用済み商品を回収して再資源化するという「静脈」のプロセスを確立することが必須になる。
それは、将来にわたって商品の提供を約束するだけでなく、企業をサステイナブルにするという点でも大きな意味がある。
「部分最適」から「全体最適」へ
もう一つ、今後のビジネスにおいて考えなければならないのは「全体最適」である。
今までは自らの利益だけを考えればよかった。だが、今後はさらに「社会」全体への影響も併せて考える必要があるということだ。最近はCSR(企業の社会的責任)が強く意識され始めているが、法令順守など企業が社会的責任を果たすのは当然のことである。
これからは「株主」「顧客」「社員」だけでなく、「社会全体」という視点を加えてビジネスを再点検する必要がある。産業の再構成に伴って、公的資金による救済など政策的支援が必要になるケースも増える。そのときに問われるのが、「社食にどれだけ役立っているか」である。自らの事業活動によって社会全体の持続性が損なわれるもの(資源の浪費など)、あるいは自らの利益を追求することで社会コストの増加につながるもの(ゴミの増加など)は許されなくなる。さらに一歩踏み込んで、雇用や納税、社会保障の負担など、社会の一員としてどれだけ具体的に貢献しているかが問われる機会も増えるだろう。
21世紀型のビジネスへ転換を図る上でも「全体最適」という考え方が欠かせない。「縦割りの弊害」は官公庁のみならず、多くの企業で聞かれる日本企業の問題点である。各部門のトップが「利益代表者」となって、自部門のメリットだけに固執しているようでは何も変えられない。
何かを動かせば、結果的にメリットやデメリットが生じるのは当たり前である。今は産業構造が変わるような大きな変化の真っただ中であり、主要な自動車メーカーもエレクトロニクスメーカーも数千億円単位の赤字に苦しむ「非常時」なのである。
全体にとって何がベストなのか、つまり「全体最適」を第一に考えなければ生き残れない。
「持続的経営」は「変わり続けること」
「持続的経営」は、現状を維持することではない。
環境変化を前提に変わり続けなければ、会社は決して生き残れない。企業におけるサステイナビリティとは「サバイバビリティー」(生き残る力)でもある。持続的経営は変化の中で生き残るための体制作りである。
持続的経営のためにまず取り組むぺきは、将来的な「ビジョン」を明確にすることだ。
これから産業のフレームワーク(枠組み)が変わる不安定な時代になり、将来に対する不安が高まる。いかに優秀な人材を集めても、モチベーションが低下していては能力を発揮できない。
企業として将来何を実現しようとしているのか、強く明確なビジョンがあれば、混迷の中でも墓本的な方向を見失うことがなくなる。
ビジョンは社員全員のよりどころとして重要な役割を果たすだろう。価値観の多様化が進み、地位や給与では優秀な人材をつなぎ留めておくことが難しくなる。ビジョンに共感できるかどうかは、「やりが」にも大きく関わってくる。
ブランドは社会との約束
成熟化が進むほど、技術で決定的な差異化ができるケースは少なくなる。
それは、性能の良しあしや値段では判断がつかないケースが増えるということだ。
例えば顧客からの視点では、ほかに安い商品や便利な商品があっても、こちらの方が「好き」「カッコイイ」からと選ぶケースもあるだろう。ブランドの確立は、数量に頼るビジネスモデルから脱却するための第一歩でもある。
「ブランド」は、企業が社会と交わす「約束」である。
似たような商品があれば、高くても名の通ったブランドの商品を買おうとするのは、「この企業が作るものなら大丈夫」という信頼感、「何かあったらきちんと対応してくれるだろう」という安心感があるためだ。それは、目には見えないが一種の経済価値である。 数量ではなく「時間」で稼ぐビジネスモデルになってくると、長く付き合ってもいいと思える信頼感や安心感が極めて重要になってくる。特に、決済口座を預けるような高い信頼は推にでも得られるものではない。
だからこそ決済手段を持つ「プラットフォーム」には大きな価値があるのだ。
ビジネスプランは最も価値ある「担保」
戦略立案に際し、「何からやるか」というプライオリティー(優先順位)が大切なのはもちろんだが、それ以上lこ重要になるのが「何をやらないか」を明確にすることである。
これまでのような部門単位で考えた「局地戦の戦術」だけでは、生き残りは難しい。産業のフレームワークが変わるような大きな変化の中では、個々の利害を捨てて「全体最適」を考えることが不可欠になる。
「ビジネスプラン」は、これから土地や設備以上に重要な「担保」になる。
これまで地価右肩上がりが常識とされ、土地は最も安定した価値があるものとされてきた。だが、今後は人口減少などの影響で、一部を除いて土地の価格は年々下がる可能性が高い。それは、担保価値が年々目減りするということでもある。機会設備はモデルチェンジのサイクルが速くなり、3年も経てば二束三文の価値しかないということも珍しくなくなる。土地と同じく担保にはならなくなる。
ビジネスプランは、今後どれだけのキャッシュフローを生み出せるかという、株主や金融機関に対する「約束」である。ビジネスプランに書かれた見込み利益が返済余力であり、それがどれだけ信頼できるかが資金調達力に直結する。
ビジネスプランの信頼性を高めるためには、将来確実にキャッシュを得られる安定ペースをどれだけ増やせるかが重要になる。
「マーケテイング」は持続的経営の要
「マーケティング」は、持続的経営の要である。
環境変化が激しいという前提に立てば、特に重要なのは企業のレーダーに当たる「マーケティング・リサーチ」である。市場ニーズや技術、競合の動きなどをタイムリーにどれだけキャッチできるか、が重要だ。レーダーの性能が良いほど変化をいち早くとらえ、それをチャンスに変えられる可能性も大きくなる。
リサーチを機能させるためには、「アナリシス」(分析)機能を併せて持つことが必須である。
情報は、単にあるだけでは何の価価もない。整理してきちんと使える形にすること、そして必要としているところにタイムリーにフィードバックしてこそ初めて価値が出る。市場調査を熱心に行う企業は多いが、専任のアナリストを置いている企業は少ない。様々な角度からデータ分析を行って問題点を堀り下げ、プランヘの反映までをきちんとフォローするというプロセスができているのは、大企業でも数えるほどしかない。
調査を行ってデータを得ることと、戦略的な観点からデータを分析することは似て非なるものである。
限られたパイの中で勝負するためには「マーケテイング・コミュニケーション」が絶対不可欠だ。
特に、これからは成熟化によって、技術力で目に見える差をつけるのが難しくなる上、値段の安さを訴求しても利益なき繁忙が待っているだけである。数字で表せるような絶対的な差をつけることは難しい。まして、歴史や伝統、商品作りの裏側にある普段の努力などのような「目に見えない」価値は、作り手が語らなければ決して伝わらないのである。
誰をターゲットにするか、何を伝えるかによって商品価値は大きく変わる。
例えば骨董品は、ある人にとっては価値がなくとも、価値が分かる人には100万円以上の値がつくものもある。100円のものを90円、80円にするコストダウンの努力はもちろん大切だが、マーケテイングは100円のものを200円の価値に変えることができる。
マーケテイングは価値創造の手段なのである。
「顧客」と「パートナー」は最も大切も経営資源
メーカーでは経営資源として「特許」を重視する傾向が強いが、実際に資源として評価されることは少ない。
技術は変化するのが常であり、特許は3年もしないうちに陳腐化したり、より優れた技術が出てきたりするケースが多いからだ。成熟化が進んだことで、画期的な技術が出にくくなっているという事情もある。よほど特別なものを除けば、技術は資産(ストック)ではなく「フロー」ととらえるべきである。
これから最も重要な経営資源は「顧客」である。顧客とは、実際にお金を払ってくれる人や企業のことだ。
単に名前を並べたリストには、あまり意味がない。ダイレクトにコミュニケーションができ、耳を傾けてくれるような信頼関係ができている顧客をどれだけ持っているか、それが重要なのである。
特に「ファン」と呼べる深い結びつきを持った顧客を数多く抱える企業は強い。技術や商品は移り変わっていくが、顧客は変わらない。安定した顧客基盤は、将来の収益を確実にする担保でもある。
顧客と同様、「パートナー」とどれだけ深く結びついているかも重要だ。新たな付加価値が期待できるだけなく、ポイントなどを共有することで顧客をも共有することが可能になる。有力なパートナーの存在は、競合会社との差別化を決定付けることにもなる。
顧客やパートナーとの関係を経営資源として第三者にも分かる形にするためにも、「CRM(Cusomer Relationship Management)」や「PRM(Partner Relationship Management)」といった仕組みの構築が重要になるだろう。