健康医療サービス
健康医療サービス産業
ゲノム解析によって生き物の仕組み、すなわち人間の根源が遺伝子レベルで解明され始めている。
それにより、病気の根本的な原因や老化のメカニズムなどが徐々に明らかになってきた。 遺伝子情報が完全に解明されれば、老化を完全に止めることさえも可能になるかもしれない。
一方で、日本は他国に類を見ないスピードで高齢化が進んでおり、2013年には4人に1人が65歳以上の高齢者になると推計されている。医療技術の発展や社会をとりまく環境、価値観の変化などを背景に、医療健康サービスはバリエーションに富むものになっていく。
近い将来、ゲノム情報を活用した画期的な治療法が次々と確立されるだろう。
これまで有用な治療法が確立されていなかった疾患でも、その多くで根治や完全な予防ができるようになる。現在、医薬品メーカーが特に積極的に取り組んでいるのは「ゲノム創薬」であり、中でも「抗体医薬」が注目を集めている。
ゲノム創薬は.、遭伝子情報から疾患に関係するたんばく質の構造などを特定し、病因に直接働きかける医薬品を開発する手法である。
抗体医薬は、抗体が抗原(ウイルスなどの異物)を認識する特異性を利用したもので、患部にピンポイントで作用し、副作用が少ないのが特徴
である。
これらの新しいアプローチによって、生活習慣病や白血病、リウマチと.いった様々な病気を解決できる可能性が見えてきている。遺伝的な要因が大きいとされるがんや脳卒中、脳梗塞なども同様である。
「遺伝子治療」も実用化が始まっている。遺伝子治療とは、病因となっている遺伝子を同定し、人工的に作製した正常な遺伝子を細胞に「補充」することで本来の機能を回復させる治療法である。
1995年から臨床研究の承認が開始され、様々な疾患に対する遺伝子治療の研究が続けられている。
また、症例はまだ少ないものの、白血病やパーキンソン病、ガンなどの遺伝子治療が実際に行われている。
「iPS細胞」は再生医療の切り札と斯持されている。この細胞は、神経や筋肉といった様々な体の部分をつくることができる革新的なものである。自分の細胞を使って、問題のある臓器などを取り換えることができるようになると考えられている。京都大学教授の山中伸弥民らによって、ヒトの細胞からiPS細胞が初めて作られたのは2006年のことであり、実用化にはまだかなりの時間がかかると思われる。
だが現在、世界中が猛烈な勢いで研究開発を進めており、2025年を待たず相当なレベルまで再生医療が実現する可能性が高い。
期的な医療技術の登場で医療サービスのあり方が変わる
ゲノム医療の登場で医療のあり方は一変するだろう。
まず、これまでの勘と餐験に基づく従来の医療から、ゲノム診断の情報に基づいた治療が基本になる。遺伝子の違いによって薬の効き方に遠いが出る場合もあるし、遺伝子を調べることで疾患の原因が特定できるケースも増える。治療内容は個人の体質に合わせた「テーラーメード治療」へ変わっていく。
DDS(ドラッグデリバリーシステム)によって治療したい場所にピンポイントに薬を届かせることが可能になり、少ない投薬量で確実に効果を発揮できる。遺伝子そのものに問題がある場合は、直接働きかけて修復したり、正常な細胞を補うことで回復
させたりすることも可能になる。
遺伝子情報は治療に不可欠だが、その分析には多額なコストが掛かる。そのため、ゲノム情報ほ公的機関で一元的に管理され、医療機関は治療で情報が必要になった際にネットワーク経由で参照できるようになると予測される。
重複検査による医療コストのムダを抑制するだけでなく、過去の情報を治療に役立てることもできる。
主要な検査データや治療履歴もゲノム情報と共に、公的な情報管理センターで保存されるようになる可能性が高い。
これからの医療機関は、自由診療によって最高水準の治療が受けられる「富裕層向け」と、医療保険の適用範囲内で治療を行う「一般向け」に明確に二分されていく可能性が高い。
ゲノム医療を受けるには莫大な費用が必要になる。 臓器移植など再生医療ではなおさらだが、健康保険などの公的な支援で捻出できる範囲は限られており、経済力のある人々には、お金に糸目を付けずに最高の医療サービスを受けたい人も少なくはない。
これまでは「命は平等である」という考え方が強く、良くいえば均質的、悪くいえば画一的なサービスが提供されてきた。
経済的に豊かな人と貧しい人の間では、ベッド代に違いはあっても、受けられる治療内容には基本的に差がなかった。
だが、医療保険の財源には限りがあり、先端医療の治療を無制限に改めてしまえば、医療保険が破綻するのは必至である。
これから医療サービスは、経済力によって受けられる治療レベルに差が出てくることになるであろう。
今でも歯科では自由診療扱いになる治療内容や審美歯科が存在する。これと似たようなことが他の診療科目でも起こってくるということである。
高額な治療費が掛かる場合は、海外に渡航して治療を受けるケースが増える。特にインドは、人件費が安い半面、医療水準は世界最高レベルと評価する人も少なくない。
公的医療側の大幅見直し後は、任意保険の加入が一般的になる。その中でのオプションとして高額治療で海外渡航が求められるケースも出てくる。
医療費が非常に高い米国では、インドで治療を受けることは珍しいことではなくなりつつある。 このままいくと、日本も似たよ
うなパターンをたどる可能性が高い。
調剤薬局が相談窓口に
医療費の高騰や負担割合の増加などで、予防医療がこれまで以上に重要になってくる。
血液検査などは、行きつけの調剤薬局などで簡単にできるようになることも予想される。調剤薬局は、最も身近な健康相談窓口として重要性が高まるということである。
そうなると、病院のタイプや専門分野も細かく分かれてくるため、そこで適切な病院の紹介を受けるようなケースも増える。
つまり、現在のような病院→調剤薬局とは逆の流れができるということである。
富裕層向けの健康管理センターでは、ゲノム情報の詳細な分析に基づいて主な疾患のリスクが分かるようになり、今後罹患する可能性が高いものについては、専門の医療機関の紹介を受けて、遺伝子治療で未然に予防することも可能になるだろう。
医療・ヘルスケア分野で予測される再編
予防医療への注目:
●高齢化が進むと、健康は多くの人にとっての重要な関心心事となる。 医療費の個人負担が大きくなってくると、治療のために病院へ通うのではなく、病気の予防や健康の維持・管理に気を配ろうとする人が増える。健康管理センターやスポーツクラブといった施設は、日々の健康管理に気を使う人々にとって大きな存在となっていく。
また、医食同源という言葉があるょうに、食べ物から健康増進や病気の予防に取り組む動きも活発になる。医療・健康サービス産業には、スポーツクラブヤフードサービスなどの業種も含まれていくと考えられる。
●主に富裕層をターゲットに、日常の健康データを管理する健康管理センターが次々に設置される。医療情報の管理でITが積極的に活用されるだろう。例えば、Continua Health Alliance(米インテル社が代表を務める業界団体)は、家庭で使用する健康管理機器の相互運用を実現するガイドラインを策定している。様々な龍康管理機器がこのガイドラインに準拠することで、メーカーの異なる複数の機器をコンピューターや携帯電話機に接続させ、個人の健康データを一元管理できるようにする。現在は、体重計や体脂肪計、血圧計といった機器で測定Lたデータの管理が中心だが、将来的には血液成分なども無針で計測できるようになるだろう。
系列化により、仮親総合病院が誕生へ
地方では医者不足が深刻な問題となっている。地方では過疎化が進んでおり、患者の数も限られている。
近隣に医療横間がなければ、何か問題があったときに協力を仰ぐこともかなわず、何らかのトラブルが生じた場合は損害賠償を請求されるリスクも少なくない。
将来のことを考えても、都市部で開業する方が有利であり、医者は都市部に集中していく。
メディアなどで「医師不足」が叫ばれているが、実際はそんなに単純ではない。
問題は都市部に医師が集中しているということであり、リスクや初期投資が少ない科に人気が集中していることである。
つまり問題は「不足」というより「偏在」である。
実際、都市部では医師が過密状態になっている地域が多い。人口が多いので患者は相当数いるはずだが、病院の数が多過ぎるため、来院客は決して多くない。弱小病院の淘汰が進むのは避けられない。
lCTを軸に病院の系列化が進む
近代の医療機関ほ装置産業化しているため、先進的な治療のためには数億円規模の高価な装置をいくつも揃える必要がある。
だが、医者だからといっても、金敵期間は簡単には融資してくれない。近年、個人病院を開業するのは非常に難しくなってきているが、特に新人が開業するのは極めて困難な状況である。
装置を所有できていないのは、既存の民間医院でも同様である。他の病院と使い回せばいいが、なかなか実現できないでいる。
今後は、設備投資や共用による設備の確保を目的に「系列化」が進むだろう。
これからの医療磯開では、ICT(Information and Communicadon Technology、情報通信技術)化が必須になる。
経理や人事・給与といった基幹系システムはもちろん、電子カルテを導入するかどうか以前に、患者管理や診察券の発行でもICTは必要である。
さらに、オンライン予約や健康情報の提供といった顧客向けのサービスは、競争の中を生き残るために非常に重要となる。
ゲノム診断など先端医療を行うためにもICTは必須である。
問題は、個人病院レベルでこれらの投資をどこまでできるかということになる。
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そうした中で、ICTシステムを軸に、大手医療法人を中心とする病院の系列化が進むことが予想される。
ICTシステムは共同利用した方がはるかにコストが安く済むだけではなく、電子カルテを共有化することで顧客を相互創出しやすくなる。
患者にとっても、同じ系列ならば検査を重複して受けなくて済む、という安心感がある。様々な専門病院が系列としてICTシステムを共有することで、全体としては総合病院のようなサービスを提供できるようになる。
高額な医療機器も複数の医院で共同利用すればコストが大幅に抑えられる。
だが現状では、開業医は誰もがトップになりたいためか、このような形での病院間の連携は驚くほど進んでいない。
しかしこれからは、生き残っていくためには、系列化が極めて重要になってくると予想される。
医療法人は株式会社化できないため、システムの共同利用などからつながり始めていく。
連携は医療機関だけに留まらず、系列にスポーツクラブや健康管理センター、食品メーカー、調剤薬局などが加わっていく。複数の業態を同一系列に取り込んだ「複合医療グループ」が形成され、病気の治療はもちろん、病気になる前のヘルスケ
ア、あるいは病気ではないが管理が必要な高齢者のケアなどが行われるようになると予測される。
医療グループの系列化によって、医療の内容には激しい格差が生じるようになる。
お金に糸目をつけなければ最先端の医療を受けることができるが、すべての患者に巨額の支払い能力があるわけではない。公的な支援にも限度がある。全員が横一列で画一的な治療を受けるのではなく、希望する医療のクオリティーを患者自身が選択するようになっていくことになるであろう。
お金がないために臓器移植を受けられず死んでしまうのは、これからは「ある程度は仕方がない」ということになる可能性が高い。 逆に言えば、お金がある人は死ぬことが難しくなるのかもしれないということになる。