全てのビジネスに共通する大きな変化
全てのビジネスに共通する大きな変化
まず一つめは「市揚環境の変化」である。
今までは米国を中心にあらゆるものが一極集中し、その秩序の下に自由貿易という世界経済の枠組みが構築されていた。今後は経済環境の変化や資源の問題などから「多極化」が進行し、米国系、欧州系、中国・ロシア系という新たな「経済ブロック」の形成が進んでいくだろう。今や北海道の端から沖縄の端まで、小さな企業でも海外企業との競争はごく当たり前になっている。企業規模にかかわらず、この変化は決して無関係ではない。
多極化によってモノづくりも大きく変わってくる。例えば自動車であれば、今までは「良い車」だけを考えていればよかった。だが、今後は「良い車」が地域によって違ってくる。例えば石油が豊富なロシアでは、当面は性能の良いガソリン車が「良い車」である。対照的に、資源が乏しい日本や欧州では、早い時期から電気自動車が求められる。中国やインドといった人口大国では、当面ローテクで低価格なガソリン車が中心になる。
経済的にも技術的にも発展途上であるため、先進国基準の車をそのまま受け入れるのは難しい。だが、石油は輸入に頼らなければならないため、電機白動車へのシフトが急速に進んでいくと予測される。このように、地域によって経済やエネルギー事情はかなり異なってくる。売り手都合で画一的な商品を世界に展開する、というマス・プロダクション方式では対応が難しくなる。「多極化」によって、地域ごとに異なる商品ラインナップを用意する必要が出てくるだろう。
二つめは「評価基準の変化」である。
これまでの企業評価では「成長性」が繰り返し問われてきた。しかし今後は、先進国市場では右肩下がりが常態化し、多極化によって経済環境は不安定さを増す。これらを背景に、企業経営には「持続性」が強く求められるようになるだろう。別な言葉で言えば、将来的な「安定性」と収益の「確実性」である。最近は決算報告書でも、監査の中で「ゴーイング・コンサーン」(企業の継続性)についてのコメントが求められるようになっている。継続性を疑われるような不安要因がある場合、監査法人は必ずそれを指摘しなければならなくなった。「持続」が重要な評価ポイントになってきた例といえる。
持続のためには「多様性」が不可欠である。進化は、異なるもの同士の掛け合わせから生まれる。DNAが皆同じということは、「進化がそこで止まる」ことを意味する。また、病気が蔓延したときは、あっという間に全滅する可能性も出てくる。最近は「鳥インフルエンザ」や「新型インフルエンザ」などが急に流行りだしたが、これも「多様性」の欠如と大いに関係がある。動植物はDNAが偏ってくると脆弱になるというのは、野生動物の世界では常識とされている。家畜はごく短期間で交配を繰り返す。「品質」を均一に保とうとすると、DNAが極端に偏ってしまう。そのため、何か病気が発生すると、どの個体も同じく耐性がないため一気に広まってしまうのだ。
企業でも同じことが言える。同じタイプの人間ばかりが集まると、似たようなアイデアしか出てこなくなる。
会議などで揉めることは少ないだろうし、マネジメントもしやすい。順調なときは全員が無駄なく戦力になる。
だが、環境は常に変化するというのが前提である。このレポートで指摘しているようなメガトレンドの変化で「風」が逆方向に吹き始めると、「戦力」だったはずが「全員役立たず」ということにもなりかねない。実際、新分野へ進出しようとしたとき、対応できる人間が誰もいないという状況はあちこちで起こっている。将来にわたって企業を持離するためには「多様性」は絶対条件なのである。
三つめは「競争ルールの変化」である。
これからは、あらゆるところで環境や資源が制約条件になってくる。特に先進国では、モノの量的拡大でビジネスを成長させる、という従来の戦略では厳しくなっていく。単純なオペレーション(定型作業)で生産できたり、あるいは設備さえあれば生産できたりするものは、土地や人件費が安い国に最終的には敵わなくなる。価格でしか差別化できないモノを作り続けても、その先にあるのは「利益なき繁忙」だけである。モノの量的拡大・コストダウン重視から、モノの付加価値拡大・プラスアルファのお金を払ってでも欲しいと思うモノを作る方へ、方針転換を図らなければならない。
どんなにハイテクでも、単品のテクノロジーは生産設備の形になって、やがて他国へ流出してしまう。クリーンルームの中で誰も手を触れず、自動で生産されるハイテク製品の方がむしろ危ないといえる。生産設備も水平分業化が進んでいるし、設備はお金さえあれば誰でも買える。日本はかつてのように豊富な資金力で他国を圧倒できるという状況にはない。今はむしろ韓国メーカーの方が資金を持っているケースも多い。さらに、これからは中国が日本のメーカーを規模や資金力で上回るようになるだろう。
今後は人間の「スキル」を生かしたものが大事になっていく、と筆者は考える。例えるならF1マシンのような、性能をフルに引き出すためには優秀なエンジニアの手が欠かせない、という「人」を必要とする製造装置である。
人間の手が入ることで、歩留まりや品質に差が出るかもしれない。だが、技術があっという間に海外に流出するよりははるかにマシだろう。個性的なデザイン、特にブランドを冠したモノづくりも、スキルを生かしたものといえるだろう。個人的なスキルを反映したものでも、大きなビジネスになるものは少なくない。一番分かりやすいのはゲームやマンガ、音楽、映画などのコンテンツである。これらは洗練された文化や感性を背景としたものであり、容易には模倣できない。ソフトウエアでも個人に蓄積されたノウハウを生かしたものは、この中に含まれるだろう。
もう一つこれから大事なのは、技術の「複合化」である。
単体の技術は容易に模倣されてしまうが、幾つかの高度な技術を組み合わせたものは簡単には真似できない。日本には様々な技術の集積がある。これらを生かす意味でも、複数を組み合わせることで新しい付加価値を作っていくことが重要になるだろう。特に日本は、あらゆる分野で先端技術が揃っているという点では世界でも稀な国であり、この恵まれた環境を生かすことが次の時代を生き残るためのポイントになるだろう。例えば「バイオと「鉱物」の掛け合わせで、生物を使ってレアメタルの回収するという「メタルバイオ・テクノロジー」はそのユニークな例として挙げられよう。そのためにも、自らの専門分野や業界だけに捉われない、幅広い視点が重要なのである。
基幹産業は「複合化」と「サービス化」へ
日本を代表するリーディングカンパニーの多くが、将来の存亡を揺るがすような構造変化に直面している。例えばエレクロニクス業界では商品の差別化が難しくなり、努力しても利益が上がらないという状況に苦しんでいる。事業の柱といえるものが少なくなり、将来展望が見えなくなっているのだ。放送業界では2011年のデジタル放送への完全移行を間近に控え、約60年近く続いてきたアナログ放送が終わるという現実に戦々恐々としている。携帯電話やインターネットなどに視聴時間を奪われていることもあり、嫌でも変わらざるを得ない状況に追い込まれている。通信業界ではブロードバンドへの移行に伴って完全定額制は時間の問題になっており、業界全体でビジネスを見直さなければ生き残れなくなっている。このような業界全体を揺るがす変化が今、様々な分野で同時多発的に起こっているのだ。あらゆる業界が「ブロードバンド」を抜きに将来を考えることは難しくなっている。
ブロードバンドを前提とする産業形態になると、様々な業界がクロスオーバーしていくだろう。先進国の基幹産業は、これから「複合化」と「サービス化」へ向かっていくと筆者は予測する。それは「21世紀型コングロマリット」とも呼ぶべき新しい経営形態でもある。「リアル」としてのハードで顧客と直接つながり、ネットワーク上に「バーチャル」な市場(マーケットプレイス)が形成され、その顧客を狙って様々な業界がつながっていくだろう。
そして、「サプライチェーン」と呼ばれてきた垂直統合型のビジネスは、「サプライウェブ」とも呼ぶべき水平分業型のメッシュ形態へと移行していくだろう。相互の領域が重なり合い、事業領域を明確に定義することは難しくなる。ブロードバンドを生かすことは、社会インフラが先行して整っている先進国としてのメリットを生かすことでもあり、この新しい形態のビジネスをどれだけ早く立ち上げるかが勝負になる。